2009年11月21日
掛橋愛理アナ&塚原愛アナ・丸岡いずみアナに興味津々
どなたも、奇跡の30代ですね。!!!・・・
宮根アナの動きも要注意ですね。
フリーアナウンサー
キャスター、レポーター、MC、式典・シンポジウム・パーティー司会
1978年7月24日生まれ 北海道 札幌市出身
札幌にて営業職OLを経て、テレビ制作・イベント制作に携わる傍ら、アナウンス術を学ぶ。
平成15年9月~NHK室蘭放送局入局(契約キャスター)
夕方の情報番組『いぶりDAYひだか』のキャスターを担当する他、中継リポーター,番組制作など多岐に活動し地元で人気を博す。
契約満了後も局の強い要望により、平成18年9月よりフリーキャスター契約として、引き続きNHK室蘭放送局にて『いぶりDAYひだか』のキャスター・リポーターを続けながら、イベントのMC、各種司会業活動も行う。
平成20年4月~NHK衛星第一放送「経済最前線」(月‐金23:40~24:00)の契約キャスターに抜擢され上京し、現在にいたる。
趣味:神社仏閣巡り、料理、ショッピング
実績:文化女子大学 室蘭短期大学 平成17年度 総合科目(人間と社会と文化)講師
北海道開発局「水素エネルギーを利用した環境と交通シンポジウム」(室蘭市)司会
北海道開発局「景観シンポジウム 市街地のにぎわい創出」(札幌市)司会
(財)日本太鼓連盟 北海道道南支部「大太鼓一本打ち 全国大会」司会
室蘭市交通安全推進協議会「めざせ!交通死亡事故ゼロ 音の架け橋コンサート」司会
NPO法人 羅針盤「むろらんを元気にするためのキャッチボールトーク・むろらんしゃべり場」司会
室蘭市「まちづくり市民フォーラム・白鳥大橋を活かしたまちづくり」司会
新日本石油(株)「改質硫黄固化体 製造研究施設 竣工式祝賀会」司会
「映画 恋するトマト 上映会トークショー」MC
「第23回シンザンフェスティバル」司会
extention HP引用
名前 塚原 愛 ツカハラ アイ
所属局 東京アナウンス
前任地 大阪放送局
出身地(生育地) 東京都
NHK入局年 平成12年
初任地のエピソード 着任したらいきなりバスケットボールのルールを覚える宿題を出された。初めての土地岡山での出会いが楽しみ。趣味は観劇・華道。色々な仕事に挑戦して力をつけて、報道やナレーションの力をつけたい。
好きな食べ物 パッションフルーツ、ケーキ、辛いもの
わたしの宝物 家族、友達、出会った人☆
わたしの仕事の“喜怒哀楽”体験 幼稚園のお子さんから、“お仕事がんばって!”と似顔絵付きの手紙が届きました♪応援や励ましなど…いろいろな方から頂く手紙は頑張れる源です☆
趣味、特技 パン店・ケーキ店巡り、アイロンがけ
アナウンサーになって印象に残っている仕事・瞬間 たくさんあり過ぎます!いろいろな方との出会いが印象に残っています☆
わたしのモットー 素直に…楽しく
わたしの心身リフレッシュ術 すてきな時間をおいしい食事とともに
思い出の味~あのとき、あの場所で "初""ホヤのお刺身""をこの夏岩手県机漁港で頂きました。海水が甘みを引きだし、かすかな苦味が美味☆""とれたてのぜいたくさ""を再認識しました。"
○出演番組
「アインシュタインの眼」 司会
「Shibuya Deep A」 司会
「お好み寄席」 司会
「特ダネ投稿 DO画」 ナレーション
NHK HP引用
丸岡 いずみ(まるおか いずみ、1971年8月6日 - )は、日本テレビ報道局に所属する報道記者、ニュースキャスター。
元北海道文化放送アナウンサー、元セント・フォース所属フリーキャスター。
徳島県美馬市[2]出身[3]。
徳島県立脇町高等学校、関西学院大学文学部日本文学科(文学士)卒業。
1994年4月 - 北海道文化放送にアナウンサーとして入社。
1996年春 - 夕方のニュース『スーパータイムHOKKAIDO』のメインキャスターを担当。
1997年3月31日 - 『ザ・ヒューマンHOKKAIDO』開始。引き続きメインキャスターを担当。
1998年3月30日 - 『uhbスーパーニュース』開始。引き続きメインキャスターを担当(初代メインキャスター)。
1999年9月 - 北海道文化放送退社。
1999年10月 - セント・フォース所属のフリーキャスターとなり、CS放送・NNN24のフィールドキャスターを担当。
2000年4月 - NNN24の『アフタヌーンワイドNews』のキャスターを担当。
2001年4月 - 日本テレビの報道局に報道記者として中途入社。社会部遊軍記者となる。
2001年6月 - ニュース編集部『ニュースプラス1』のフィールドキャスターを担当。
2001年12月 - 社会部記者。警視庁記者クラブで捜査1課・3課を担当。
2002年7月 - 社会部遊軍記者兼キャスター。『あさ天サタデー』内のニュースコーナー、『ズームイン!!サタデー』内の『NNNニュースサタデー』でキャスターを担当。
2002年8月 - NNN24の『デイリープラネット金曜発言中』のキャスターを担当(2006年5月まで不定期出演)。
2004年6月 - 『ニュースプラス1』特集コーナー担当ディレクター。
2005年3月26日 - 『あさ天サタデー』内ニュースコーナー及び『NNNニュースサタデー』を降板。
2005年4月10日 - 『真相報道 バンキシャ!』のアシスタントプロデューサー兼キャスター。同番組内のニュースコーナーを担当。
2007年9月30日 - 『真相報道 バンキシャ!』を降板。
2007年10月1日 - 『NNNストレイトニュース』の平日メインキャスター及び『おもいッきりイイ!!テレビ』内の「Newsエスプレッソ」のキャスターを担当。
2008年2月2日 - 日テレNEWS24の『およよん NEWS&TALK』放送開始。吉田豪とMCを担当。
2008年3月26日 - 早稲田大学大学院人間科学研究科(修士(実践人間科学))修了。
2008年3月31日 - 読売テレビ制作の『情報ライブ ミヤネ屋』日本テレビでのネット開始に合わせ、全国ニュースコーナーキャスター担当。また、同日から関東ローカルワイド番組『アナ☆パラ』のニュースコーナーも担当。
2008年7月31日 - 『アナ☆パラ』放送終了。
2009年3月27日 - 『おもいッきりイイ!!テレビ』放送終了。
2009年3月30日 - 『おもいッきりDON!1155』内の「丸岡いずみのDONDON取材中」のキャスターを担当。
2009年10月5日 - 『おもいッきりDON!』内の「丸岡キャスターのNEWSエクスプレス」のキャスターを担当。
見た目が若いことから「奇跡の38歳(現在の年齢)」といわれることがある。2009年3月30日放送の『おもいッきりDON!1155』内「丸岡いずみのDONDON取材中」の冒頭で、上重聡アナウンサーから実際にこのように紹介された。同番組のメイン司会である中山秀征には「永遠の21歳」と振られたこともある(これはファッションストアチェーンFOREVER21が日本発上陸したニュースを紹介したことによる)。
「いずみ」という名前は両親が「知恵や知識が(泉のように)湧き出るように」という思いを込めてつけてくれたという[4]。
大相撲の元幕内力士時津洋とは同郷の幼馴染みで、幼少期には一緒にゴレンジャーごっこをして遊んでいた[5]。
『アルプスの少女ハイジ』のファン。ハイジだけではなく、ハイジファミリーをこよなく愛しているとのこと。幼少期のハイジごっこでは主にロッテンマイヤーさん役をやっていた。
虫は苦手ではなくミミズやクモも触れるが、幼い頃の苦い思い出とアレルギー症状から猫は苦手。海釣りでは生き餌の触れない友人達の針にゴカイ等の餌をつけて回っていたという。
水泳が得意。水泳は小学生の時からやっていて、高校のときは陸上と水泳をかけもちでやっていた。また、足が速いことが自慢で、50mで6秒台前半、中学時代に100mで13秒08を記録したという。
関西学院大学文学部在学中に、日本テレビの番組「ズームイン!!朝!」にて、読売テレビの三浦隆志からインタビューされたことがある。
1997年1月、北海道文化放送の局アナ時代に、当時の同僚だった高田英子、千葉朱里と三人で「オモシロガールズ」というユニットを組み、北海道文化放送のキャンペーン活動を行っていた。キャンペーン期間中CDも限定発売され、北海道文化放送の放送開始時及び放送終了時にPVが流れていた他、キャンペーンスポットも随時流れた。PVでは、チャイナドレスやパジャマ姿等のコスプレを披露している。
自他共に認めるうどん好きで、「うどん記者」を自称するほどの思い入れとこだわりがあり、時には自ら麺を打つことも。特に故郷である徳島の名産たらいうどんには並々ならぬ愛着を持っている。自宅の冷凍庫には常に冷凍うどんが冷凍たこ焼きと共に備蓄されており、朝食には必ずそのどちらかを食べると語っている。
競馬が好きで、馬の追い切りを見に行ったり、競馬場でもパドックを念入りにチェックする。また北海道時代には、社台ファーム早来(現 ノーザンファーム)にも行っていた。
お城好きでもあり、近年では小田原城を見学したという[6]。
2008年3月1日放送の『およよん NEWS&TALK』において、共に司会を務める吉田豪がプロレスの話題を持ち出した際、自身も大のプロレスファンである事を告白した。本人曰く、「私、観に行ったらかなりエキサイトしますよ」とその熱狂ぶりを語っている。特に小橋建太の大ファンであり、これまで小橋に懇願して2度「逆水平チョップ」を受けている(本人曰く、賜ったとのこと)。また、2008年12月27日放送分では、小橋がゲスト出演するという理由から、その喜びとプレッシャーのあまり収録日の前日から知恵熱が出てしまい、普段よりハイテンションな状態にあると番組内で語っていた。
2009年1月27日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』では、大相撲の横綱朝青龍の大ファンであり、国技館には何度も足を運び応援していると告白。同年2月の同番組では「憧れの人に会ってビックリした人は?」と言う問いに「(67代横綱)武蔵丸(現・振分親方)さんです」と答えている。
カラオケでよく歌うのは森昌子の『越冬つばめ』、石川さゆりの『天城越え』。ほとんど演歌しか歌わないと語ったこともある。
好きな本は司馬遼太郎の『街道を行く』、横山秀夫の『陰の季節』など。
2009年3月13日放送の『おもいッきりイイ!!テレビ』内の「Newsエスプレッソ」のコーナーにおいて、「麻生太郎首相が女性記者にバレンタインデーの“お返し”をした」というニュースの中で、お返しに添えられた首相直筆の手紙の中の「御心ずかい」の「ず」という表記について、「つ」に「゛」ではないかと指摘した。
猫が苦手。猫アレルギーであることと、子供の頃に飼っていた文鳥が猫に殺されたことがトラウマになっているのが原因。
ゴルフが大変好きで、2009年9月1日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』で石川遼の取材をしている政治評論家の上杉隆の話を熱心に聞いていると森若と宮根に指摘されていた。
『情報ライブ ミヤネ屋』では、ニュースを読み終えた後から第1部終了(14:55)までの十数秒間は大抵、司会者の宮根誠司から「丸岡さぁ~ん」とネタを振られいじられるのがお約束となっている(重大事件・事故のニュースが多い場合はいじりではなくニュースに関する掛け合いに終始する事になる)。同番組でプロ野球・阪神タイガースファンであることを告白した(宮根も自称阪神ファンである)が、掛け合い中2009年の優勝は巨人と予想した事を、「(読売系列という)立場上しょうがない」と宮根に言われる。
2008年5月1日放送では、宮根のことを「ミヤネ屋さん」と呼んでしまい、宮根本人から「オレは落語家じゃないから」と反論された。
宮根から「今度オレと一緒にゴルフをやらないか」と誘われた事があり、実際に(日本テレビや読売テレビの報道局長らと一緒に)プレーした事が宮根のブログに掲載されている[7]。
2008年8月6日放送では、宮根から「今日、お誕生日ですよね?」と話しかけられ「はい」と答えると、「誠司より 愛を込めて」と書かれたケーキをプレゼントされた。宮根は「公私混同です」と答えた。翌8月7日には、ケーキのお礼として丸岡から自らが書いた宮根の似顔絵とメッセージが書かれたボードを送っていた。『NNNストレイトニュース』のブログで、丸岡は「すべては今週の(ミヤネ屋)企画会議でスタッフはすべてを“たくらみ済み”だったのです。」とつづっている[8]。
2008年11月29日に宮根が本人のブログで再婚を発表した際、再婚相手が丸岡と同年齢であったことから「相手は丸岡さんですか?」などのコメントが殺到。丸岡宛てに問い合わせの電話が10本以上あったという[9]。
もう一人の司会者である森若佐紀子のブログによると、この「丸岡いずみキャスターの最新ニュース」が番組内における大人気コーナーになっていると言及している。また、コメンテーターの神足裕司は「このコーナーが(番組中で)一番面白い!」とうっかり口を滑らせてしまい、司会の宮根や他のコメンテーターからツッコミをいれられてしまったことがある。かつてコメンテーターだった北野誠は、タクシーを利用する際にその運転手から「誠さん、あの(ミヤネ屋の)ニュースコーナー面白いなあ」と必ずと言っていいほど声をかけられると語っていた。
2009年4月13日放送では、宮根が間違って「丸川さん」と呼び掛けてしまい、自分が朝日放送にいたからテレビ朝日の人(恐らく丸川珠代。現・参議院議員)と間違えた旨の言い訳され、丸岡が半笑いで「もういいです」と言うハプニングが起こった。
2009年4月24日放送では、26日が誕生日である宮根が暗にプレゼントを要求した際に、笑いながら「ずうずうしい~」と言うなど、宮根にいじられる際の受け答えには枚挙に暇がない。
2009年7月3日放送では、かねてから宮根にお願いされていたメガネ姿を披露。宮根本人はもちろん、ミヤネ屋のスタッフ、男性出演者からも好評を得た(ただ、丸岡本人はメガネ姿が似合っていないと思っており、基本的にテレビでメガネ姿を見せることはない)。
2009年7月16日放送では、宮根からフリーアナウンサーになるんだったらうちの(宮根の)事務所を紹介するよと言われた。
2009年7月30日放送では、宮根との絡みについて相当悩んでおり、爆笑問題の田中裕二に相談を持ちかけていることが、ミヤネ屋に爆笑問題がVTR出演したとき田中の口から語られた。
2009年8月6日放送では、宮根から「今日、お誕生日ですよね?」と話しかけられ「はい」と答えると、38本のローソクと「キセキの38才」と書かれたプレートのついたケーキをスタッフから送られ、宮根本人からは、手打ちうどんの道具一式(プロ仕様)をプレゼントされた。[10]。なお同日放送の『おもいッきりDON!』では、司会の中山秀征からお祝いの花束を受け取った。
ただし、これら一連の内容については、『めんたいワイド』へダイレクトに移る福岡放送など14:55で放送を打ち切る一部ネット局では、当然の如く中途半端な会話で終わるように映る。
ウィキペディア記事引用
1971年8月6日 O型 獅子座 157cm 「人生大戯場」 逆境に強い うどん好き 家族 ・プラハ(カレル橋から見るプラハ城が好き)
・フィジー(島の人達がとってもフレンドリー) ・司馬遼太郎「街道を行く」
・横山秀夫「陰の季節」
・デイジー・ウェイドマン「ハーバードからの贈り物」 「キューティーブロンド」
「今を生きる」
「グッド・ウィル・ハンティング」 バレリーナ、小学校の先生
日テレHP引用
週刊女性の2009年12月1日号で、風雲急を告げるような見出しが躍った。
小倉智昭さん「とくダネ!」降板??
「浪速のみのもんた」とは、日本テレビ系の情報番組「ミヤネ屋」で軽妙な司会をみせるフリーの宮根誠司アナウンサー(46)のことだ。「ミヤネ屋」は、関西の読売テレビ制作の番組だが、08年3月から全国放送になっている。週刊女性によると、その宮根アナが、フジテレビ系のワイドショー「とくダネ!」の次期司会者に内々定した情報があるというのだ。
記事では、ポストみのもんたの呼び声が高い宮根アナに、在京キー局の上層部がこぞって引き抜きを画策しており、その中からフジの司会者オファーの話が飛び出したと報じた。
オファーの理由として、記事はまず「ミヤネ屋」の視聴率が、同時間帯のライバル番組の倍近い数字を出していることを挙げる。午後2時台ながら、いいときは13%を超える日もあるようだ。次に、46歳というその若さだ。「見た目も声も年齢より若々しい」(芸能事務所関係者)という。さらに、この不況時に重要なことに、大物司会者に比べるとギャラが圧倒的に安いことである。
もしこれが本当なら、現在「とくダネ!」の司会を務めている小倉智昭さん(62)が降板する可能性があることになる。司会を務めて10年の小倉さんが、節目の年にいよいよ肩たたき、なのか。そうだとすると、高額なギャラなどがネックになったのか。
しかし、フジテレビの「とくダネ!」や企業広報では、取材に対し、宮根アナの内々定や小倉さんの降板について、「そういった話は、まったく聞いていません」と全面否定した。
後任に宮根誠司アナ、事務所は否定
宮根誠司アナの所属事務所フロム・ファーストプロダクション大阪支社でも、同様な反応で、「勝手に書かれただけで、内々定も打診もありません」と言う。日本テレビ系の情報番組「スーパーサプライズ」のレギュラーに一時決まりかけたとの報道もあったが、同支社では、この番組を含め、ほかのキー局からも出演の打診はないとしている。
小倉智昭さんの所属事務所オーケープロダクションの担当者は、降板話について、ピリピリした様子だ。個別の取材には応じておらず、コメントは出せないとのことだった。
ある大手芸能事務所の役員は、小倉さんの後任司会者に宮根アナがなる情報について、その信憑性に首をひねる。
「小倉さんの体調が悪くて降りるなら話は別ですが、どうなんでしょうね。すぐにはないと思います」
さらに、この役員は、宮根アナがキー局に引っ張りだこという情報にも、疑問を呈す。
「ミヤネ屋が全国放送になったのは、あの時間に情報番組の枠がなく、読売テレビの戦略だったことがあります。彼の司会でなく、番組の面白さで受けています。彼は、まだ全国区の人気とは言いがたく、もしそうだったら、とっくにキー局で番組を持っていますよ」
大物司会者らのうち、次に誰が降板するか、はっきりした情報はまだないという。ただ、今後、ギャラの安い若手に世代交代が進む可能性も示唆している。
「宮根さんは、ギャラが安く、小倉さんやみのさんの5分の1ぐらいでしょう。彼らが出演1回で100万円とすると、20万円ぐらいです。宮根さんの世代は人材不足で、ほかに候補になるのは、タレントの中山秀征さんや局アナぐらい。まだ『ポストみの』ほど育っていませんが、このテレビ不況でいずれバトンタッチしていくかもしれません」
J-CAST記事引用
宮根アナの動きも要注意ですね。
フリーアナウンサー
キャスター、レポーター、MC、式典・シンポジウム・パーティー司会
1978年7月24日生まれ 北海道 札幌市出身
札幌にて営業職OLを経て、テレビ制作・イベント制作に携わる傍ら、アナウンス術を学ぶ。
平成15年9月~NHK室蘭放送局入局(契約キャスター)
夕方の情報番組『いぶりDAYひだか』のキャスターを担当する他、中継リポーター,番組制作など多岐に活動し地元で人気を博す。
契約満了後も局の強い要望により、平成18年9月よりフリーキャスター契約として、引き続きNHK室蘭放送局にて『いぶりDAYひだか』のキャスター・リポーターを続けながら、イベントのMC、各種司会業活動も行う。
平成20年4月~NHK衛星第一放送「経済最前線」(月‐金23:40~24:00)の契約キャスターに抜擢され上京し、現在にいたる。
趣味:神社仏閣巡り、料理、ショッピング
実績:文化女子大学 室蘭短期大学 平成17年度 総合科目(人間と社会と文化)講師
北海道開発局「水素エネルギーを利用した環境と交通シンポジウム」(室蘭市)司会
北海道開発局「景観シンポジウム 市街地のにぎわい創出」(札幌市)司会
(財)日本太鼓連盟 北海道道南支部「大太鼓一本打ち 全国大会」司会
室蘭市交通安全推進協議会「めざせ!交通死亡事故ゼロ 音の架け橋コンサート」司会
NPO法人 羅針盤「むろらんを元気にするためのキャッチボールトーク・むろらんしゃべり場」司会
室蘭市「まちづくり市民フォーラム・白鳥大橋を活かしたまちづくり」司会
新日本石油(株)「改質硫黄固化体 製造研究施設 竣工式祝賀会」司会
「映画 恋するトマト 上映会トークショー」MC
「第23回シンザンフェスティバル」司会
extention HP引用
名前 塚原 愛 ツカハラ アイ
所属局 東京アナウンス
前任地 大阪放送局
出身地(生育地) 東京都
NHK入局年 平成12年
初任地のエピソード 着任したらいきなりバスケットボールのルールを覚える宿題を出された。初めての土地岡山での出会いが楽しみ。趣味は観劇・華道。色々な仕事に挑戦して力をつけて、報道やナレーションの力をつけたい。
好きな食べ物 パッションフルーツ、ケーキ、辛いもの
わたしの宝物 家族、友達、出会った人☆
わたしの仕事の“喜怒哀楽”体験 幼稚園のお子さんから、“お仕事がんばって!”と似顔絵付きの手紙が届きました♪応援や励ましなど…いろいろな方から頂く手紙は頑張れる源です☆
趣味、特技 パン店・ケーキ店巡り、アイロンがけ
アナウンサーになって印象に残っている仕事・瞬間 たくさんあり過ぎます!いろいろな方との出会いが印象に残っています☆
わたしのモットー 素直に…楽しく
わたしの心身リフレッシュ術 すてきな時間をおいしい食事とともに
思い出の味~あのとき、あの場所で "初""ホヤのお刺身""をこの夏岩手県机漁港で頂きました。海水が甘みを引きだし、かすかな苦味が美味☆""とれたてのぜいたくさ""を再認識しました。"
○出演番組
「アインシュタインの眼」 司会
「Shibuya Deep A」 司会
「お好み寄席」 司会
「特ダネ投稿 DO画」 ナレーション
NHK HP引用
丸岡 いずみ(まるおか いずみ、1971年8月6日 - )は、日本テレビ報道局に所属する報道記者、ニュースキャスター。
元北海道文化放送アナウンサー、元セント・フォース所属フリーキャスター。
徳島県美馬市[2]出身[3]。
徳島県立脇町高等学校、関西学院大学文学部日本文学科(文学士)卒業。
1994年4月 - 北海道文化放送にアナウンサーとして入社。
1996年春 - 夕方のニュース『スーパータイムHOKKAIDO』のメインキャスターを担当。
1997年3月31日 - 『ザ・ヒューマンHOKKAIDO』開始。引き続きメインキャスターを担当。
1998年3月30日 - 『uhbスーパーニュース』開始。引き続きメインキャスターを担当(初代メインキャスター)。
1999年9月 - 北海道文化放送退社。
1999年10月 - セント・フォース所属のフリーキャスターとなり、CS放送・NNN24のフィールドキャスターを担当。
2000年4月 - NNN24の『アフタヌーンワイドNews』のキャスターを担当。
2001年4月 - 日本テレビの報道局に報道記者として中途入社。社会部遊軍記者となる。
2001年6月 - ニュース編集部『ニュースプラス1』のフィールドキャスターを担当。
2001年12月 - 社会部記者。警視庁記者クラブで捜査1課・3課を担当。
2002年7月 - 社会部遊軍記者兼キャスター。『あさ天サタデー』内のニュースコーナー、『ズームイン!!サタデー』内の『NNNニュースサタデー』でキャスターを担当。
2002年8月 - NNN24の『デイリープラネット金曜発言中』のキャスターを担当(2006年5月まで不定期出演)。
2004年6月 - 『ニュースプラス1』特集コーナー担当ディレクター。
2005年3月26日 - 『あさ天サタデー』内ニュースコーナー及び『NNNニュースサタデー』を降板。
2005年4月10日 - 『真相報道 バンキシャ!』のアシスタントプロデューサー兼キャスター。同番組内のニュースコーナーを担当。
2007年9月30日 - 『真相報道 バンキシャ!』を降板。
2007年10月1日 - 『NNNストレイトニュース』の平日メインキャスター及び『おもいッきりイイ!!テレビ』内の「Newsエスプレッソ」のキャスターを担当。
2008年2月2日 - 日テレNEWS24の『およよん NEWS&TALK』放送開始。吉田豪とMCを担当。
2008年3月26日 - 早稲田大学大学院人間科学研究科(修士(実践人間科学))修了。
2008年3月31日 - 読売テレビ制作の『情報ライブ ミヤネ屋』日本テレビでのネット開始に合わせ、全国ニュースコーナーキャスター担当。また、同日から関東ローカルワイド番組『アナ☆パラ』のニュースコーナーも担当。
2008年7月31日 - 『アナ☆パラ』放送終了。
2009年3月27日 - 『おもいッきりイイ!!テレビ』放送終了。
2009年3月30日 - 『おもいッきりDON!1155』内の「丸岡いずみのDONDON取材中」のキャスターを担当。
2009年10月5日 - 『おもいッきりDON!』内の「丸岡キャスターのNEWSエクスプレス」のキャスターを担当。
見た目が若いことから「奇跡の38歳(現在の年齢)」といわれることがある。2009年3月30日放送の『おもいッきりDON!1155』内「丸岡いずみのDONDON取材中」の冒頭で、上重聡アナウンサーから実際にこのように紹介された。同番組のメイン司会である中山秀征には「永遠の21歳」と振られたこともある(これはファッションストアチェーンFOREVER21が日本発上陸したニュースを紹介したことによる)。
「いずみ」という名前は両親が「知恵や知識が(泉のように)湧き出るように」という思いを込めてつけてくれたという[4]。
大相撲の元幕内力士時津洋とは同郷の幼馴染みで、幼少期には一緒にゴレンジャーごっこをして遊んでいた[5]。
『アルプスの少女ハイジ』のファン。ハイジだけではなく、ハイジファミリーをこよなく愛しているとのこと。幼少期のハイジごっこでは主にロッテンマイヤーさん役をやっていた。
虫は苦手ではなくミミズやクモも触れるが、幼い頃の苦い思い出とアレルギー症状から猫は苦手。海釣りでは生き餌の触れない友人達の針にゴカイ等の餌をつけて回っていたという。
水泳が得意。水泳は小学生の時からやっていて、高校のときは陸上と水泳をかけもちでやっていた。また、足が速いことが自慢で、50mで6秒台前半、中学時代に100mで13秒08を記録したという。
関西学院大学文学部在学中に、日本テレビの番組「ズームイン!!朝!」にて、読売テレビの三浦隆志からインタビューされたことがある。
1997年1月、北海道文化放送の局アナ時代に、当時の同僚だった高田英子、千葉朱里と三人で「オモシロガールズ」というユニットを組み、北海道文化放送のキャンペーン活動を行っていた。キャンペーン期間中CDも限定発売され、北海道文化放送の放送開始時及び放送終了時にPVが流れていた他、キャンペーンスポットも随時流れた。PVでは、チャイナドレスやパジャマ姿等のコスプレを披露している。
自他共に認めるうどん好きで、「うどん記者」を自称するほどの思い入れとこだわりがあり、時には自ら麺を打つことも。特に故郷である徳島の名産たらいうどんには並々ならぬ愛着を持っている。自宅の冷凍庫には常に冷凍うどんが冷凍たこ焼きと共に備蓄されており、朝食には必ずそのどちらかを食べると語っている。
競馬が好きで、馬の追い切りを見に行ったり、競馬場でもパドックを念入りにチェックする。また北海道時代には、社台ファーム早来(現 ノーザンファーム)にも行っていた。
お城好きでもあり、近年では小田原城を見学したという[6]。
2008年3月1日放送の『およよん NEWS&TALK』において、共に司会を務める吉田豪がプロレスの話題を持ち出した際、自身も大のプロレスファンである事を告白した。本人曰く、「私、観に行ったらかなりエキサイトしますよ」とその熱狂ぶりを語っている。特に小橋建太の大ファンであり、これまで小橋に懇願して2度「逆水平チョップ」を受けている(本人曰く、賜ったとのこと)。また、2008年12月27日放送分では、小橋がゲスト出演するという理由から、その喜びとプレッシャーのあまり収録日の前日から知恵熱が出てしまい、普段よりハイテンションな状態にあると番組内で語っていた。
2009年1月27日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』では、大相撲の横綱朝青龍の大ファンであり、国技館には何度も足を運び応援していると告白。同年2月の同番組では「憧れの人に会ってビックリした人は?」と言う問いに「(67代横綱)武蔵丸(現・振分親方)さんです」と答えている。
カラオケでよく歌うのは森昌子の『越冬つばめ』、石川さゆりの『天城越え』。ほとんど演歌しか歌わないと語ったこともある。
好きな本は司馬遼太郎の『街道を行く』、横山秀夫の『陰の季節』など。
2009年3月13日放送の『おもいッきりイイ!!テレビ』内の「Newsエスプレッソ」のコーナーにおいて、「麻生太郎首相が女性記者にバレンタインデーの“お返し”をした」というニュースの中で、お返しに添えられた首相直筆の手紙の中の「御心ずかい」の「ず」という表記について、「つ」に「゛」ではないかと指摘した。
猫が苦手。猫アレルギーであることと、子供の頃に飼っていた文鳥が猫に殺されたことがトラウマになっているのが原因。
ゴルフが大変好きで、2009年9月1日放送の『情報ライブ ミヤネ屋』で石川遼の取材をしている政治評論家の上杉隆の話を熱心に聞いていると森若と宮根に指摘されていた。
『情報ライブ ミヤネ屋』では、ニュースを読み終えた後から第1部終了(14:55)までの十数秒間は大抵、司会者の宮根誠司から「丸岡さぁ~ん」とネタを振られいじられるのがお約束となっている(重大事件・事故のニュースが多い場合はいじりではなくニュースに関する掛け合いに終始する事になる)。同番組でプロ野球・阪神タイガースファンであることを告白した(宮根も自称阪神ファンである)が、掛け合い中2009年の優勝は巨人と予想した事を、「(読売系列という)立場上しょうがない」と宮根に言われる。
2008年5月1日放送では、宮根のことを「ミヤネ屋さん」と呼んでしまい、宮根本人から「オレは落語家じゃないから」と反論された。
宮根から「今度オレと一緒にゴルフをやらないか」と誘われた事があり、実際に(日本テレビや読売テレビの報道局長らと一緒に)プレーした事が宮根のブログに掲載されている[7]。
2008年8月6日放送では、宮根から「今日、お誕生日ですよね?」と話しかけられ「はい」と答えると、「誠司より 愛を込めて」と書かれたケーキをプレゼントされた。宮根は「公私混同です」と答えた。翌8月7日には、ケーキのお礼として丸岡から自らが書いた宮根の似顔絵とメッセージが書かれたボードを送っていた。『NNNストレイトニュース』のブログで、丸岡は「すべては今週の(ミヤネ屋)企画会議でスタッフはすべてを“たくらみ済み”だったのです。」とつづっている[8]。
2008年11月29日に宮根が本人のブログで再婚を発表した際、再婚相手が丸岡と同年齢であったことから「相手は丸岡さんですか?」などのコメントが殺到。丸岡宛てに問い合わせの電話が10本以上あったという[9]。
もう一人の司会者である森若佐紀子のブログによると、この「丸岡いずみキャスターの最新ニュース」が番組内における大人気コーナーになっていると言及している。また、コメンテーターの神足裕司は「このコーナーが(番組中で)一番面白い!」とうっかり口を滑らせてしまい、司会の宮根や他のコメンテーターからツッコミをいれられてしまったことがある。かつてコメンテーターだった北野誠は、タクシーを利用する際にその運転手から「誠さん、あの(ミヤネ屋の)ニュースコーナー面白いなあ」と必ずと言っていいほど声をかけられると語っていた。
2009年4月13日放送では、宮根が間違って「丸川さん」と呼び掛けてしまい、自分が朝日放送にいたからテレビ朝日の人(恐らく丸川珠代。現・参議院議員)と間違えた旨の言い訳され、丸岡が半笑いで「もういいです」と言うハプニングが起こった。
2009年4月24日放送では、26日が誕生日である宮根が暗にプレゼントを要求した際に、笑いながら「ずうずうしい~」と言うなど、宮根にいじられる際の受け答えには枚挙に暇がない。
2009年7月3日放送では、かねてから宮根にお願いされていたメガネ姿を披露。宮根本人はもちろん、ミヤネ屋のスタッフ、男性出演者からも好評を得た(ただ、丸岡本人はメガネ姿が似合っていないと思っており、基本的にテレビでメガネ姿を見せることはない)。
2009年7月16日放送では、宮根からフリーアナウンサーになるんだったらうちの(宮根の)事務所を紹介するよと言われた。
2009年7月30日放送では、宮根との絡みについて相当悩んでおり、爆笑問題の田中裕二に相談を持ちかけていることが、ミヤネ屋に爆笑問題がVTR出演したとき田中の口から語られた。
2009年8月6日放送では、宮根から「今日、お誕生日ですよね?」と話しかけられ「はい」と答えると、38本のローソクと「キセキの38才」と書かれたプレートのついたケーキをスタッフから送られ、宮根本人からは、手打ちうどんの道具一式(プロ仕様)をプレゼントされた。[10]。なお同日放送の『おもいッきりDON!』では、司会の中山秀征からお祝いの花束を受け取った。
ただし、これら一連の内容については、『めんたいワイド』へダイレクトに移る福岡放送など14:55で放送を打ち切る一部ネット局では、当然の如く中途半端な会話で終わるように映る。
ウィキペディア記事引用
1971年8月6日 O型 獅子座 157cm 「人生大戯場」 逆境に強い うどん好き 家族 ・プラハ(カレル橋から見るプラハ城が好き)
・フィジー(島の人達がとってもフレンドリー) ・司馬遼太郎「街道を行く」
・横山秀夫「陰の季節」
・デイジー・ウェイドマン「ハーバードからの贈り物」 「キューティーブロンド」
「今を生きる」
「グッド・ウィル・ハンティング」 バレリーナ、小学校の先生
日テレHP引用
週刊女性の2009年12月1日号で、風雲急を告げるような見出しが躍った。
小倉智昭さん「とくダネ!」降板??
「浪速のみのもんた」とは、日本テレビ系の情報番組「ミヤネ屋」で軽妙な司会をみせるフリーの宮根誠司アナウンサー(46)のことだ。「ミヤネ屋」は、関西の読売テレビ制作の番組だが、08年3月から全国放送になっている。週刊女性によると、その宮根アナが、フジテレビ系のワイドショー「とくダネ!」の次期司会者に内々定した情報があるというのだ。
記事では、ポストみのもんたの呼び声が高い宮根アナに、在京キー局の上層部がこぞって引き抜きを画策しており、その中からフジの司会者オファーの話が飛び出したと報じた。
オファーの理由として、記事はまず「ミヤネ屋」の視聴率が、同時間帯のライバル番組の倍近い数字を出していることを挙げる。午後2時台ながら、いいときは13%を超える日もあるようだ。次に、46歳というその若さだ。「見た目も声も年齢より若々しい」(芸能事務所関係者)という。さらに、この不況時に重要なことに、大物司会者に比べるとギャラが圧倒的に安いことである。
もしこれが本当なら、現在「とくダネ!」の司会を務めている小倉智昭さん(62)が降板する可能性があることになる。司会を務めて10年の小倉さんが、節目の年にいよいよ肩たたき、なのか。そうだとすると、高額なギャラなどがネックになったのか。
しかし、フジテレビの「とくダネ!」や企業広報では、取材に対し、宮根アナの内々定や小倉さんの降板について、「そういった話は、まったく聞いていません」と全面否定した。
後任に宮根誠司アナ、事務所は否定
宮根誠司アナの所属事務所フロム・ファーストプロダクション大阪支社でも、同様な反応で、「勝手に書かれただけで、内々定も打診もありません」と言う。日本テレビ系の情報番組「スーパーサプライズ」のレギュラーに一時決まりかけたとの報道もあったが、同支社では、この番組を含め、ほかのキー局からも出演の打診はないとしている。
小倉智昭さんの所属事務所オーケープロダクションの担当者は、降板話について、ピリピリした様子だ。個別の取材には応じておらず、コメントは出せないとのことだった。
ある大手芸能事務所の役員は、小倉さんの後任司会者に宮根アナがなる情報について、その信憑性に首をひねる。
「小倉さんの体調が悪くて降りるなら話は別ですが、どうなんでしょうね。すぐにはないと思います」
さらに、この役員は、宮根アナがキー局に引っ張りだこという情報にも、疑問を呈す。
「ミヤネ屋が全国放送になったのは、あの時間に情報番組の枠がなく、読売テレビの戦略だったことがあります。彼の司会でなく、番組の面白さで受けています。彼は、まだ全国区の人気とは言いがたく、もしそうだったら、とっくにキー局で番組を持っていますよ」
大物司会者らのうち、次に誰が降板するか、はっきりした情報はまだないという。ただ、今後、ギャラの安い若手に世代交代が進む可能性も示唆している。
「宮根さんは、ギャラが安く、小倉さんやみのさんの5分の1ぐらいでしょう。彼らが出演1回で100万円とすると、20万円ぐらいです。宮根さんの世代は人材不足で、ほかに候補になるのは、タレントの中山秀征さんや局アナぐらい。まだ『ポストみの』ほど育っていませんが、このテレビ不況でいずれバトンタッチしていくかもしれません」
J-CAST記事引用
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