2009年07月13日
ノアの新体制は成功するのか? K―1ワールドMAX今日
上手くいってほしいですが・・・カリスマの後は大変ですよね。
K-1楽しみです。
三沢光晴前社長(享年46歳)の急逝に伴い発足したノアの新体制後初の興行が12日、後楽園ホールで行われた。前副社長で7日に辞表を提出し、10日に正式に受理され退団が決定した百田光雄(60)が現れ、フロントへの不満をぶちまけた。
約50分に及んだ緊急会見では社員の実名を挙げて批判。「フロントに文句を言いたい。試合があってプロレスが成り立つ。選手主体で考えるべき」と怒りをあらわにした。小橋建太副社長(42)らの慰留にも「(相談役に退き)意見が言える立場でなくなった。中途半端に残ってもしょうがない」と脱退を決意。ノアにとっては新体制になって早々、不安の船出となった。
プロレスリング・ノアは6日、東京都江東区の事務所で臨時株主総会と役員会を開き、前社長だった三沢光晴さん(享年46歳)の急逝に伴う新役員人事を決定した。新たな代表取締役社長には、田上明(48)が就任。副社長には小橋建太(42)と丸藤正道(29)が、取締役選手会長に森嶋猛(30)が就くなど、現役選手中心の新体制で再出発することとなった。
田上は生前の三沢さんから次期社長就任を打診されており、三沢さんの真由美夫人(42)からも先日、社長就任についての電話があったという。「大変びっくりしています。自分としては社長なんて器ではないと思っていた」としながらも「生前の三沢さんからも選手からも(次期社長にと)言われていたので、それならば、と決意した」と話した。
今後はプロレス統一コミッション設立へ向けた他団体との協調など課題は多いが「三沢さんのつくってきたものを引き継ぎ、一丸となって盛り上げたい」と意欲を見せた。
◆田上 明(たうえ・あきら)1961年5月8日、埼玉・秩父市生まれ。48歳。秩父農工高(現秩父農工科学高)から大相撲の押尾川部屋に入門。80年初場所で初土俵を踏み、玉麒麟のしこ名で西十両6枚目まで昇進。87年に廃業し、同年ジャパンプロレスに入団。88年、全日本プロレスに移籍してプロレスデビュー。96年に第15代三冠ヘビー級王座に輝く。00年にはノア旗揚げに参画。05年11月、力皇を破り第8代GHCヘビー級王者となった。得意技はノドワ落とし、俺が田上。192センチ、120キロ。
K―1ワールドMAXは13日、東京・日本武道館でゴング。12日はJR新宿駅東口前で記者会見を公開し、メーンでDREAMからの刺客・川尻達也と対戦する魔裟斗は、ファン約5000人を前に「何も言うことはない。リングで思い切り倒す」とプレ引退戦への決意を語った。
黒い上下のスーツで決めた魔裟斗と川尻は、視線を合わせもせず早くも決戦ムード。世界王者は「(川尻は)強そうには見えない。戦う準備はできている」と自信を示し、川尻は「拳で新しい時代の扉をぶちあけたい」と“政権交代”を訴えた。
ともに契約重量の70キロで計量を一発クリア。準備は万端だ。魔裟斗が引退戦となる大みそかの「Dynamite!!」に歩を進めるか、川尻が引導を渡すか。答えはリング上で出される。
スポーツ報知記事引用
K-1楽しみです。
三沢光晴前社長(享年46歳)の急逝に伴い発足したノアの新体制後初の興行が12日、後楽園ホールで行われた。前副社長で7日に辞表を提出し、10日に正式に受理され退団が決定した百田光雄(60)が現れ、フロントへの不満をぶちまけた。
約50分に及んだ緊急会見では社員の実名を挙げて批判。「フロントに文句を言いたい。試合があってプロレスが成り立つ。選手主体で考えるべき」と怒りをあらわにした。小橋建太副社長(42)らの慰留にも「(相談役に退き)意見が言える立場でなくなった。中途半端に残ってもしょうがない」と脱退を決意。ノアにとっては新体制になって早々、不安の船出となった。
プロレスリング・ノアは6日、東京都江東区の事務所で臨時株主総会と役員会を開き、前社長だった三沢光晴さん(享年46歳)の急逝に伴う新役員人事を決定した。新たな代表取締役社長には、田上明(48)が就任。副社長には小橋建太(42)と丸藤正道(29)が、取締役選手会長に森嶋猛(30)が就くなど、現役選手中心の新体制で再出発することとなった。
田上は生前の三沢さんから次期社長就任を打診されており、三沢さんの真由美夫人(42)からも先日、社長就任についての電話があったという。「大変びっくりしています。自分としては社長なんて器ではないと思っていた」としながらも「生前の三沢さんからも選手からも(次期社長にと)言われていたので、それならば、と決意した」と話した。
今後はプロレス統一コミッション設立へ向けた他団体との協調など課題は多いが「三沢さんのつくってきたものを引き継ぎ、一丸となって盛り上げたい」と意欲を見せた。
◆田上 明(たうえ・あきら)1961年5月8日、埼玉・秩父市生まれ。48歳。秩父農工高(現秩父農工科学高)から大相撲の押尾川部屋に入門。80年初場所で初土俵を踏み、玉麒麟のしこ名で西十両6枚目まで昇進。87年に廃業し、同年ジャパンプロレスに入団。88年、全日本プロレスに移籍してプロレスデビュー。96年に第15代三冠ヘビー級王座に輝く。00年にはノア旗揚げに参画。05年11月、力皇を破り第8代GHCヘビー級王者となった。得意技はノドワ落とし、俺が田上。192センチ、120キロ。
K―1ワールドMAXは13日、東京・日本武道館でゴング。12日はJR新宿駅東口前で記者会見を公開し、メーンでDREAMからの刺客・川尻達也と対戦する魔裟斗は、ファン約5000人を前に「何も言うことはない。リングで思い切り倒す」とプレ引退戦への決意を語った。
黒い上下のスーツで決めた魔裟斗と川尻は、視線を合わせもせず早くも決戦ムード。世界王者は「(川尻は)強そうには見えない。戦う準備はできている」と自信を示し、川尻は「拳で新しい時代の扉をぶちあけたい」と“政権交代”を訴えた。
ともに契約重量の70キロで計量を一発クリア。準備は万端だ。魔裟斗が引退戦となる大みそかの「Dynamite!!」に歩を進めるか、川尻が引導を渡すか。答えはリング上で出される。
スポーツ報知記事引用
タグ :ノア
2009年07月12日
真中瞳 ひっそり引退の真相
そんなことになっているなんて以外ですね。
あの真中瞳(29)がすでに引退していた。そんな騒動が巻き起こったのは、今春のこと。一時はかなりの注目を集めていた彼女に何があったのか。そして今、何をしているのか。
真中の近況について週刊誌記者はこう話す。
「所属事務所のホームページから名前が消えていたことから“実家の大阪に帰ってテレフォンアポインターのバイトをやっている”との情報まで流れましたが、どうやら都内でOLとして働いているようです」
真中は99年「進ぬ!電波少年」(日本テレビ)でデビューし、一躍人気者となった。
「初対面の男と3カ月間有刺鉄線で囲まれた核シェルターで共同生活を送ってみたり、チューヤンとのコンビでの「80日間世界一周」では、旅費を稼ぐためにホステスやヌードモデルにも果敢に挑戦。大注目を集めました」(芸能リポーター)
そんな真中の体当たりの行動に目をつけたのが久米宏。真中を00年4月から「ニュースステーション」(テレビ朝日)の金曜スポーツコーナーのキャスターに抜てきした。
「金曜日だけ、スタジオに銀座のクラブ風のソファーセットを設けて、そこに真中を座らせてスポーツニュースをやらせました。久米は真中の隣でにやけていました」(芸能ライター)
その後、バラエティー番組やドラマで活躍していた真中だったが、突然姿を見かけなくなったのは3年前のことだった。
「一時、市川海老蔵の本命恋人と報じられたこともありましたが、急激に人気が上がり、自分の実力がついていけないと不安になったのか、07年、オーストラリアに行ってしまったのです。向こうで働いていたようです」(芸能リポーター)
そして真中は、昨年の夏、ひっそりと帰国していたという。
「この間、地元大阪の友人が経営する家具店を手伝っているとか、結婚したとか、さまざまなウワサが流れました」(同)
その真中が都内でOLとして働いているというから驚きだ。
内外タイムス記事引用
バラエティ番組「進ぬ!電波少年」(日本テレビ系)のコーナー「電波少年的ハルマゲドン2」と「電波少年的80日間世界一周」で人気を博し、その後は「ニュースステーション」(テレビ朝日系)のスポーツキャスターを経て、2000年代前半には女優業を中心に活躍した真中瞳。ところが、2007年頃から急に露出が減り、気が付けば全く表舞台に姿を現さないまま2年以上の月日が流れ、特に近況を伝える情報もなく現在に至っている。そんな真中瞳はいま、東京・銀座界隈にあるCM関連会社でOL生活を送っているという。
現在発売中の「女性セブン」が伝えた「真中瞳−海外留学から極秘帰国、OLになっていた!」によると、真中瞳は留学のため2007年夏にオーストラリアへと旅立ち、そこで働きながら語学を学んでいたそう。昨年夏にはすでに帰国しているものの、所属していたワタナベエンターテインメントのホームページからは名前が削除され、「いまは所属不明のまま」だという。また、CM関連のリサーチを行う企業に就職し、OLに転身したとも伝えている。
実際にワタナベエンターテインメントのホームページを見てみると、中川翔子やギャル曽根などが並ぶ「女性アーティスト」の一覧ページに真中瞳の名前はないものの、プロフィールのページ自体は完全に削除はされておらず、Googleなどからページをたどることはできるようだ。ただ、プロフィールの更新は2005年5月に主演した舞台「グリマー・アンド・シャイン」で止まっていることや、表からはリンクがたどれないようになっていることを考えると、やはり事務所を離れて引退状態にあることは間違いなさそう。
ちなみにファンサイトの掲示板などには「去年から大阪でテレフォンオペレータとして、フルタイムで働いている」「去年、シドニーの語学学校にいて、本人も認めていた」との書き込みも見られる。オーストラリアから帰国後は芸能界には復帰せず、普通のOLとして生活する道を選んだ模様だ。
真中瞳は1979年生まれの29歳。連続ドラマ「新・お水の花道」(フジテレビ系/主演:財前直見)にホステス役で出演したほか、映画「ココニイルコト」では主演を務め、第26回報知映画賞最優秀新人賞を含む6つの映画賞を受賞するなど、女優としても大きな期待が寄せられていた。ただ、2003年に放送された主演ドラマ「メッセージ~言葉が、裏切っていく~」が平均視聴率4.4%(2000年以降のドラマでは最低記録)を記録。途中打ち切りになったことがその後の活動に影響を与えたのか、徐々にテレビへの露出が減り始め、留学前は舞台での活動が中心となっていた。
ナリナリドットコム記事引用
あの真中瞳(29)がすでに引退していた。そんな騒動が巻き起こったのは、今春のこと。一時はかなりの注目を集めていた彼女に何があったのか。そして今、何をしているのか。
真中の近況について週刊誌記者はこう話す。
「所属事務所のホームページから名前が消えていたことから“実家の大阪に帰ってテレフォンアポインターのバイトをやっている”との情報まで流れましたが、どうやら都内でOLとして働いているようです」
真中は99年「進ぬ!電波少年」(日本テレビ)でデビューし、一躍人気者となった。
「初対面の男と3カ月間有刺鉄線で囲まれた核シェルターで共同生活を送ってみたり、チューヤンとのコンビでの「80日間世界一周」では、旅費を稼ぐためにホステスやヌードモデルにも果敢に挑戦。大注目を集めました」(芸能リポーター)
そんな真中の体当たりの行動に目をつけたのが久米宏。真中を00年4月から「ニュースステーション」(テレビ朝日)の金曜スポーツコーナーのキャスターに抜てきした。
「金曜日だけ、スタジオに銀座のクラブ風のソファーセットを設けて、そこに真中を座らせてスポーツニュースをやらせました。久米は真中の隣でにやけていました」(芸能ライター)
その後、バラエティー番組やドラマで活躍していた真中だったが、突然姿を見かけなくなったのは3年前のことだった。
「一時、市川海老蔵の本命恋人と報じられたこともありましたが、急激に人気が上がり、自分の実力がついていけないと不安になったのか、07年、オーストラリアに行ってしまったのです。向こうで働いていたようです」(芸能リポーター)
そして真中は、昨年の夏、ひっそりと帰国していたという。
「この間、地元大阪の友人が経営する家具店を手伝っているとか、結婚したとか、さまざまなウワサが流れました」(同)
その真中が都内でOLとして働いているというから驚きだ。
内外タイムス記事引用
バラエティ番組「進ぬ!電波少年」(日本テレビ系)のコーナー「電波少年的ハルマゲドン2」と「電波少年的80日間世界一周」で人気を博し、その後は「ニュースステーション」(テレビ朝日系)のスポーツキャスターを経て、2000年代前半には女優業を中心に活躍した真中瞳。ところが、2007年頃から急に露出が減り、気が付けば全く表舞台に姿を現さないまま2年以上の月日が流れ、特に近況を伝える情報もなく現在に至っている。そんな真中瞳はいま、東京・銀座界隈にあるCM関連会社でOL生活を送っているという。
現在発売中の「女性セブン」が伝えた「真中瞳−海外留学から極秘帰国、OLになっていた!」によると、真中瞳は留学のため2007年夏にオーストラリアへと旅立ち、そこで働きながら語学を学んでいたそう。昨年夏にはすでに帰国しているものの、所属していたワタナベエンターテインメントのホームページからは名前が削除され、「いまは所属不明のまま」だという。また、CM関連のリサーチを行う企業に就職し、OLに転身したとも伝えている。
実際にワタナベエンターテインメントのホームページを見てみると、中川翔子やギャル曽根などが並ぶ「女性アーティスト」の一覧ページに真中瞳の名前はないものの、プロフィールのページ自体は完全に削除はされておらず、Googleなどからページをたどることはできるようだ。ただ、プロフィールの更新は2005年5月に主演した舞台「グリマー・アンド・シャイン」で止まっていることや、表からはリンクがたどれないようになっていることを考えると、やはり事務所を離れて引退状態にあることは間違いなさそう。
ちなみにファンサイトの掲示板などには「去年から大阪でテレフォンオペレータとして、フルタイムで働いている」「去年、シドニーの語学学校にいて、本人も認めていた」との書き込みも見られる。オーストラリアから帰国後は芸能界には復帰せず、普通のOLとして生活する道を選んだ模様だ。
真中瞳は1979年生まれの29歳。連続ドラマ「新・お水の花道」(フジテレビ系/主演:財前直見)にホステス役で出演したほか、映画「ココニイルコト」では主演を務め、第26回報知映画賞最優秀新人賞を含む6つの映画賞を受賞するなど、女優としても大きな期待が寄せられていた。ただ、2003年に放送された主演ドラマ「メッセージ~言葉が、裏切っていく~」が平均視聴率4.4%(2000年以降のドラマでは最低記録)を記録。途中打ち切りになったことがその後の活動に影響を与えたのか、徐々にテレビへの露出が減り始め、留学前は舞台での活動が中心となっていた。
ナリナリドットコム記事引用
タグ :真中瞳






