2009年12月07日
認知症と間違われる「特発性正常圧水頭症」は治る
もしかして、と思う方は診察をしてみてはどうでしょう?
いま日本は65歳以上の高齢者が5人に1人の割合だという。もはや介護するのもされるのも人ごとではないが、そんな中、高齢者に多いある脳疾患が注目されている。「特発性正常圧水頭症(iNPH)」とよばれる疾患で、認知症の症状を見せるが、治療をすれば症状は改善する。治らないと思われていた認知症の症状を持つ人が、普通の生活を取り戻すことも珍しくないというのだ。
「決して高額な手術ではないので、これで“認知症患者”の中から多くのiNPH患者を救うことができれば、医療費削減にもつながる。そのためにも、この疾患の存在を広く知ってほしい」。iNPH治療の第一人者で東京共済病院院長の桑名信匡医師はこう訴える。
iNPHは、脳と脊髄(せきずい)の表面を循環する脳脊髄液が、何らかの原因で循環不良になる病気。この脳脊髄液が脳室内で過剰にたまり、脳組織の各所を圧迫することでさまざまな症状を引き起こすが、中でも代表的なのが認知症。ここから歩行障害や尿失禁などにつながっていく。原因は分かっていないが、医療界では40年以上も前から存在が指摘されていた。
「高齢者に多いため、単なる老化現象、あるいはアルツハイマー病などによる認知症と勘違いされているケースが少なくない」と桑名医師。国内で高齢者の1.1%にあたる約31万人がこの疾患による認知症を呈している可能性があるという。
このiNPHには効果の高い治療法がある。
「脳でたまりすぎた脳脊髄液を外に出すという考え方。以前は脳から腹腔などに“シャント”とよばれる管を通して液を流す手術が行われていたが、最近は脳脊髄液が循環している腰椎から腹腔に管を通すことで、より簡便で安全性の高い治療が可能になりました」(桑名医師)
現在、桑名医師らが使うシャントは、体内に設置した後でも脳内の脳脊髄液の圧を調節する機能があるため、手術による合併症のリスクも大幅に減った。
「iNPHによる症状であれば、この治療で劇的に改善する。寝たきりで意思の疎通もできなかった人が、一人で食事ができるようになることも珍しくない。当人はもちろん、介護に追われていた家族にとっても喜びは大きい」(桑名医師)
表の症状のいずれかに該当し、画像診断でiNPHの疑いがあれば検査の対象となる。背中から少量の脳脊髄液を抜き、症状に軽快の変化が見られれば手術が可能だという。
■特発性正常圧水頭症の診断基準
○認知症症状
○歩行障害(普通に歩けない、よく転ぶ)
○尿失禁(頻尿を含む)
※上記のいずれかに該当し、脳の画像診断でiNPHが疑われ、タップテスト(脳脊髄液を少量抜いて症状の変化を見る検査)で陽性となった場合、手術の適用となる
ザクザク記事引用
認知症と診断された患者の5-6%を占めると考えられている特発性正常圧水頭症(iNPH)の診療状況調査で、回答した施設のうち「積極的に診療している」が28%、「診療している」が66%と、9割超の施設で治療が可能であることが分かった。ただ、調査を実施したヘルスクリック(本社=東京都品川区)では、「『積極的に診療』と『診療』では、スタンスが違う」とし、高齢化社会における患者ニーズに応えるため、専門外来の設置など「積極的に診療を行う医療機関の増加が望まれる」としている。
キャリアブレイン記事引用
いま日本は65歳以上の高齢者が5人に1人の割合だという。もはや介護するのもされるのも人ごとではないが、そんな中、高齢者に多いある脳疾患が注目されている。「特発性正常圧水頭症(iNPH)」とよばれる疾患で、認知症の症状を見せるが、治療をすれば症状は改善する。治らないと思われていた認知症の症状を持つ人が、普通の生活を取り戻すことも珍しくないというのだ。
「決して高額な手術ではないので、これで“認知症患者”の中から多くのiNPH患者を救うことができれば、医療費削減にもつながる。そのためにも、この疾患の存在を広く知ってほしい」。iNPH治療の第一人者で東京共済病院院長の桑名信匡医師はこう訴える。
iNPHは、脳と脊髄(せきずい)の表面を循環する脳脊髄液が、何らかの原因で循環不良になる病気。この脳脊髄液が脳室内で過剰にたまり、脳組織の各所を圧迫することでさまざまな症状を引き起こすが、中でも代表的なのが認知症。ここから歩行障害や尿失禁などにつながっていく。原因は分かっていないが、医療界では40年以上も前から存在が指摘されていた。
「高齢者に多いため、単なる老化現象、あるいはアルツハイマー病などによる認知症と勘違いされているケースが少なくない」と桑名医師。国内で高齢者の1.1%にあたる約31万人がこの疾患による認知症を呈している可能性があるという。
このiNPHには効果の高い治療法がある。
「脳でたまりすぎた脳脊髄液を外に出すという考え方。以前は脳から腹腔などに“シャント”とよばれる管を通して液を流す手術が行われていたが、最近は脳脊髄液が循環している腰椎から腹腔に管を通すことで、より簡便で安全性の高い治療が可能になりました」(桑名医師)
現在、桑名医師らが使うシャントは、体内に設置した後でも脳内の脳脊髄液の圧を調節する機能があるため、手術による合併症のリスクも大幅に減った。
「iNPHによる症状であれば、この治療で劇的に改善する。寝たきりで意思の疎通もできなかった人が、一人で食事ができるようになることも珍しくない。当人はもちろん、介護に追われていた家族にとっても喜びは大きい」(桑名医師)
表の症状のいずれかに該当し、画像診断でiNPHの疑いがあれば検査の対象となる。背中から少量の脳脊髄液を抜き、症状に軽快の変化が見られれば手術が可能だという。
■特発性正常圧水頭症の診断基準
○認知症症状
○歩行障害(普通に歩けない、よく転ぶ)
○尿失禁(頻尿を含む)
※上記のいずれかに該当し、脳の画像診断でiNPHが疑われ、タップテスト(脳脊髄液を少量抜いて症状の変化を見る検査)で陽性となった場合、手術の適用となる
ザクザク記事引用
認知症と診断された患者の5-6%を占めると考えられている特発性正常圧水頭症(iNPH)の診療状況調査で、回答した施設のうち「積極的に診療している」が28%、「診療している」が66%と、9割超の施設で治療が可能であることが分かった。ただ、調査を実施したヘルスクリック(本社=東京都品川区)では、「『積極的に診療』と『診療』では、スタンスが違う」とし、高齢化社会における患者ニーズに応えるため、専門外来の設置など「積極的に診療を行う医療機関の増加が望まれる」としている。
キャリアブレイン記事引用
タグ :病気
2009年10月21日
女優の南田洋子さんが死去 老老介護末路
残念でたまりません。ご冥福をお祈りいたします。
くも膜下出血で東京都内の病院で入院中だった女優の南田洋子(みなみだ・ようこ、本名・加藤洋子=かとう・ようこ)さんが21日、死去した。76歳。東京都出身。通夜や告別式の日取りは未定。夫は俳優、長門裕之(ながと・ひろゆき、本名・加藤晃夫=かとう・あきお)氏。
昭和27年、映画「美女と盗賊」でデビュー。翌28年、同期の若尾文子さんと共演した「十代の性典」のヒットで「性典女優」として人気を集めた。
30年に日活に移籍。31年、石原慎太郎原作の「太陽の季節」のヒロイン役で一躍、看板スターとなる。この映画で初共演した長門さんと、36年に結婚した。
38年、「サムライの子」でブルーリボン助演女優賞を受賞。映画ではほかに「近松物語」「幕末太陽伝」「わが町」など。
39年に夫の長門さんとともに「人間プロダクション」を設立して、後進の育成とドラマ制作に乗り出す。テレビドラマにも意欲的に出演し、40年、NHK「紀ノ川」で日本放送作家協会賞最優秀女優賞を受賞。舞台でも活躍した。
「おしどり夫婦」として知られる長門さんとペアでフジテレビ「ミュージックフェア」の司会を16年間担当。アットホームな雰囲気が人気を集めた。交通遺児奨学金のチャリティー活動も長年続けたほか、平成10年には義父の介護体験をつづった「介護のあのとき」を出版。講演なども行っていたが、平成18年に引退。「認知症の兆候がある」と診断され、自宅で長門さんの献身的な介護を受けていた。20年11月には夫妻に密着したテレビのドキュメンタリー番組が放送され、大きな反響を呼んだ。
今月17日に自宅で倒れて病院に搬送され、手術を受けていた。
妻で女優の南田洋子さん(75)を5年ほど前から自宅で介護している俳優、長門裕之さんは現在、74歳。自身の健康不安を感じながらの介護です。少子高齢社会の到来で高齢者が高齢者を介護する、いわゆる「老老介護」は珍しくありません。しかし、長門さんは「介護する充足感で活性化していて、死なない気がする」と前向きです。今、本当に私がほしいのは力です。洋子を軽々と持ち上げる力が残っていれば、楽だろうけれど、その力がない。だから、洋子に体を全部預けられると受けきれないんです。
私自身、平成7年には解離性動脈瘤(りゅう)を治療しました。以来、血がさらさらになる薬は飲み続けていて、先日、風呂場の備品に左手をぶつけたときには、アザが大きくなってしまいました。
今年11月上旬、テレビで洋子と私のドキュメンタリー番組が放映された後も、視聴者から「洋子さんより長門さんの方が危なく見える」などというメールや電話が寄せられました。そんな反響には、笑っているしかありません(笑)。「絶対、大丈夫」なんて言えませんから。
その取材では、入浴の撮影は遠慮してもらいました。しかし、通常は、私が洋子を湯船に入れたり、風呂場で体や頭を洗うのを手伝っています。顔を洗うときに「せっけんがついた手を顔へ」と教えても、必ず頭にあててしまうので、目の前で自分の顔を洗ってみせます。
背中にお湯を流すときには「お背中を、ながしましげお~」なんて駄洒落を言うこともあります。彼女は笑います。お笑いタレントではなく、私がギャグを言う意外性が面白いのでしょうか(笑)。2人分を洗うため、入浴に2時間もかかります。
お手伝いさんには毎夜、泊まってもらいますが、私も1時間半おきに起き、洋子の部屋をのぞくようにしています。寝ぼけて足がもつれ、ひっくり返ったこともあります。洋子に「しっかりして」と励まされたことも(笑)。でも、行かないわけにはいかない。私が来るのを期待しているとき、洋子は布団をはいで起きる体勢で待っているのです。
仕事で疲れて熟睡してしまい、夜中にトイレに連れていけなかったこともありました。ハードな仕事のスケジュールのなかで、介護がきついと思うこともあります。でも、介護と仕事を両立するのは私の責務だと思うのです。
泊まりの仕事があるときはつらいですよ。心配で仕事先から電話をかけても、洋子は「大丈夫」と言うだけ。つい、現状を聞き出そうと質問してしまうのですが、彼女は言葉を見つけることができません。
つらいときの救いは、洋子のこびないかわいさです。彼女のしぐさに、胸がときめくこともあります。
たとえば、「チュー」と言うと、ほおにキスをしてくれるのです。言葉がうまく見つけられなくなった洋子に「ばか」と言われて、「『ばか』と言ったら、チュー(キス)をする」と迫ったことがあるんです。それを喜んでくれて、以来、洋子は「チュー」というと反応してくれるようになりました。この行動には「ワンバカチュー」と名付けました(笑)。
夜中に私の部屋で、ぼんやりテレビを見ながら塩せんべいをボリボリかじるのも、私の側にいたいからだと伝わってきます。病気も含め、昔とは違うけれど、理屈を言わなくなった洋子がいとおしい。夫婦で寄り添う幸せを感じるようになりました。
そんな洋子には、私の没後も生活に困らないように暮らしてほしい。だから、住まいは洋子名義にしています。私が先に死んだら、住居を売ったお金で老人ホームに入ったらいい。
だけど、今は介護する充足感で活性化していて、自分は死なないような気もします。来年からは後期高齢者に属する年ですが、気弱な自分を洋子に見せたくないと思うからか、最近、重い病気にかからなくなりました。
今まで、女性問題やお金のことで苦労をかけたときに、優しく手を差し伸べて、肩を抱き寄せてくれた洋子の優しさを、私は忘れないでしょう。洋子が記憶を失っても、です。洋子を介護できることには幸せを感じています。洋子のために一生懸命に生きたいという思いが、今の私の元気の源かもしれませんね。背中にお湯を流すときには「お背中を、ながしましげお~」なんて駄洒落を言うこともあります。彼女は笑います。お笑いタレントではなく、私がギャグを言う意外性が面白いのでしょうか(笑)。2人分を洗うため、入浴に2時間もかかります。お手伝いさんには毎夜、泊まってもらいますが、私も1時間半おきに起き、洋子の部屋をのぞくようにしています。寝ぼけて足がもつれ、ひっくり返ったこともあります。洋子に「しっかりして」と励まされたことも(笑)。でも、行かないわけにはいかない。私が来るのを期待しているとき、洋子は布団をはいで起きる体勢で待っているのです。
仕事で疲れて熟睡してしまい、夜中にトイレに連れていけなかったこともありました。ハードな仕事のスケジュールのなかで、介護がきついと思うこともあります。でも、介護と仕事を両立するのは私の責務だと思うのです。
泊まりの仕事があるときはつらいですよ。心配で仕事先から電話をかけても、洋子は「大丈夫」と言うだけ。つい、現状を聞き出そうと質問してしまうのですが、彼女は言葉を見つけることができません。つらいときの救いは、洋子のこびないかわいさです。彼女のしぐさに、胸がときめくこともあります。
たとえば、「チュー」と言うと、ほおにキスをしてくれるのです。言葉がうまく見つけられなくなった洋子に「ばか」と言われて、「『ばか』と言ったら、チュー(キス)をする」と迫ったことがあるんです。それを喜んでくれて、以来、洋子は「チュー」というと反応してくれるようになりました。この行動には「ワンバカチュー」と名付けました(笑)。
夜中に私の部屋で、ぼんやりテレビを見ながら塩せんべいをボリボリかじるのも、私の側にいたいからだと伝わってきます。病気も含め、昔とは違うけれど、理屈を言わなくなった洋子がいとおしい。夫婦で寄り添う幸せを感じるようになりました。
そんな洋子には、私の没後も生活に困らないように暮らしてほしい。だから、住まいは洋子名義にしています。私が先に死んだら、住居を売ったお金で老人ホームに入ったらいい。
だけど、今は介護する充足感で活性化していて、自分は死なないような気もします。来年からは後期高齢者に属する年ですが、気弱な自分を洋子に見せたくないと思うからか、最近、重い病気にかからなくなりました。
今まで、女性問題やお金のことで苦労をかけたときに、優しく手を差し伸べて、肩を抱き寄せてくれた洋子の優しさを、私は忘れないでしょう。洋子が記憶を失っても、です。洋子を介護できることには幸せを感じています。洋子のために一生懸命に生きたいという思いが、今の私の元気の源かもしれませんね。
世論調査の結果では、民主党の新閣僚の中で、長妻昭厚生労働相に期待する声が高いそうだ。私自身、高齢者を専門とする精神科医という職業柄、超高齢社会を迎えたわが国で、どのような厚生労働行政の指揮をとってくれるのかの期待は大きい。
年齢差別禁止法の問題や高齢者の医療ガイドラインなど、現場で見ている限り、改善すべき点は多々あるように思われるが、その中で私が危急の課題と考えるのは、介護政策の「在宅」偏重である。
施設介護と比べ、自分の家で看取ってもらえる在宅介護が理想だと考える人は少なくないだろう。
実際には、独居高齢者より家族と同居している高齢者のほうが自殺が多いという統計もあるし(家族に迷惑をかけているという負い目が鬱の原因になるのだろう)、家庭での介護者による高齢者虐待も、相談・通報があっただけで年間2万件にものぼっている。
もちろん、献身的な家族をもつ幸せな要介護高齢者もたくさんいるが、在宅が理想とは言い切れないのは確かだろう。少なくとも、介護保険料を給料や年金から天引きしている以上、施設介護の選択肢は確保されるべきだ。
私が問題にしたいのは、在宅介護が物理的に不可能になりつつあること、経済的な損失の大きさ、施設介護の経済効果である。
≪身内の数の激減が背景に≫
日本の高齢化は進んでいるが、いっぽうで若返りも著しい。今の70代は昔と比べものにならないくらい健康的で、若々しい。そのため、介護が必要な人が急速に増えるのは80代後半からだが、逆にこの年代では、認知症や要支援レベルも含めると半数近くが何らかの助けを借りないと生活できない。
現在、この年代の子の世代は団塊の世代に相当する。この時代は兄弟の多い世代であった。彼らの最初の生まれ年である昭和22年の合計特殊出生率は4・54だった。要するに4-5人の兄弟が当たり前だったのだ。それからわずか10年後の昭和32年の出生率は2・04に過ぎない。10年の間に兄弟の数が4・5人から2人に減ったのである。その後も少子化は続くが、子供の数の減り方はこの時期がいちばんドラスチックなのだ。
現在、在宅介護政策がかろうじて機能しているのは、おそらくは要介護者の子供たちが、まだ兄弟が多い時代だったからだろう。実際、在宅介護は、介護者の一日の生活をほとんど奪い、睡眠などにも悪影響を及ぼす。日中、デイサービスで預かるから大丈夫とはとてもいえないのである。
そのため、身内の助け合いがきわめて重要なカギとなるのだが、その身内の数の激減期をまもなく迎えることになる。
さらに、今でも多くの場合、在宅介護は女性に押し付けられることが多い。このため、女性が親の介護のために仕事をやめざるを得ない事例は枚挙にいとまがない。子育てのために、20代、30代で仕事をやめる場合は、復職の可能性はかなり残されている。しかしながら、定年が65歳になったとして、50代半ば以降に介護のために仕事をやめた際の復職の道はゼロに近いのが現状だ。
ところが、昭和30年代生まれくらいから女性の高学歴化も進み、この年代で責任あるポジションにいる人は急激に増えつつある。少子化とも相まって、女性の社会参加が期待されるが、その締めくくりの時期に在宅介護を強いるのは、性差別かどうかはともかく、経済的損失も大きく、女性労働のインセンティブにも影響する。
≪経済効果で失業対策にも≫
また、在宅介護は、介護者がそばにいるありがたみはあるが、労働力の観点から、非効率なのは確かだ。たとえば、入浴サービスの場合、巡回の入浴者では2、3人のスタッフが移動時間も合わせて1-2時間拘束されるが、施設なら15分もあれば、かなりきれいにしてあげられる。認知症の介護では、施設のスタッフが慣れてきたこともあって、家族が接するより機嫌よくしていることも多い。
しかし、厚労省は、むしろ介護・療養型の病床を激減させる政策をとり、その受け皿になる介護施設の定員増も予定の7割にとどまっている。十分な人件費を出せない介護報酬に問題があるそうだ。
しかし実際には、介護施設の建設に伴って、ベッドやテレビなど耐久消費財も売れるので経済波及効果も大きいし、介護職員に建設労働者並みの賃金が出せれば、失業対策効果も大きい。
戦前までの日本は世界に冠たる短命国家であり、長生きできる人は栄養や衛生状態のよい富裕層に多かった。だが当時、富裕層の家庭にはお手伝いの女性などがいたため、嫁介護、娘介護はほとんどなかった。医療財政が潤沢だった時期は、老人病院が在宅介護が困難な人たちの受け皿だった。
かつて、ある大臣が言ったように、「在宅介護は日本の美風」などではなく、その問題がなかっただけの話だ。介護政策の迅速な転換がないと、労働力や内需に深刻な影響をもたらしかねないのだ。(精神科医、国際医療福祉大学教授・和田秀樹)
産経新聞記事引用
くも膜下出血で東京都内の病院で入院中だった女優の南田洋子(みなみだ・ようこ、本名・加藤洋子=かとう・ようこ)さんが21日、死去した。76歳。東京都出身。通夜や告別式の日取りは未定。夫は俳優、長門裕之(ながと・ひろゆき、本名・加藤晃夫=かとう・あきお)氏。
昭和27年、映画「美女と盗賊」でデビュー。翌28年、同期の若尾文子さんと共演した「十代の性典」のヒットで「性典女優」として人気を集めた。
30年に日活に移籍。31年、石原慎太郎原作の「太陽の季節」のヒロイン役で一躍、看板スターとなる。この映画で初共演した長門さんと、36年に結婚した。
38年、「サムライの子」でブルーリボン助演女優賞を受賞。映画ではほかに「近松物語」「幕末太陽伝」「わが町」など。
39年に夫の長門さんとともに「人間プロダクション」を設立して、後進の育成とドラマ制作に乗り出す。テレビドラマにも意欲的に出演し、40年、NHK「紀ノ川」で日本放送作家協会賞最優秀女優賞を受賞。舞台でも活躍した。
「おしどり夫婦」として知られる長門さんとペアでフジテレビ「ミュージックフェア」の司会を16年間担当。アットホームな雰囲気が人気を集めた。交通遺児奨学金のチャリティー活動も長年続けたほか、平成10年には義父の介護体験をつづった「介護のあのとき」を出版。講演なども行っていたが、平成18年に引退。「認知症の兆候がある」と診断され、自宅で長門さんの献身的な介護を受けていた。20年11月には夫妻に密着したテレビのドキュメンタリー番組が放送され、大きな反響を呼んだ。
今月17日に自宅で倒れて病院に搬送され、手術を受けていた。
妻で女優の南田洋子さん(75)を5年ほど前から自宅で介護している俳優、長門裕之さんは現在、74歳。自身の健康不安を感じながらの介護です。少子高齢社会の到来で高齢者が高齢者を介護する、いわゆる「老老介護」は珍しくありません。しかし、長門さんは「介護する充足感で活性化していて、死なない気がする」と前向きです。今、本当に私がほしいのは力です。洋子を軽々と持ち上げる力が残っていれば、楽だろうけれど、その力がない。だから、洋子に体を全部預けられると受けきれないんです。
私自身、平成7年には解離性動脈瘤(りゅう)を治療しました。以来、血がさらさらになる薬は飲み続けていて、先日、風呂場の備品に左手をぶつけたときには、アザが大きくなってしまいました。
今年11月上旬、テレビで洋子と私のドキュメンタリー番組が放映された後も、視聴者から「洋子さんより長門さんの方が危なく見える」などというメールや電話が寄せられました。そんな反響には、笑っているしかありません(笑)。「絶対、大丈夫」なんて言えませんから。
その取材では、入浴の撮影は遠慮してもらいました。しかし、通常は、私が洋子を湯船に入れたり、風呂場で体や頭を洗うのを手伝っています。顔を洗うときに「せっけんがついた手を顔へ」と教えても、必ず頭にあててしまうので、目の前で自分の顔を洗ってみせます。
背中にお湯を流すときには「お背中を、ながしましげお~」なんて駄洒落を言うこともあります。彼女は笑います。お笑いタレントではなく、私がギャグを言う意外性が面白いのでしょうか(笑)。2人分を洗うため、入浴に2時間もかかります。
お手伝いさんには毎夜、泊まってもらいますが、私も1時間半おきに起き、洋子の部屋をのぞくようにしています。寝ぼけて足がもつれ、ひっくり返ったこともあります。洋子に「しっかりして」と励まされたことも(笑)。でも、行かないわけにはいかない。私が来るのを期待しているとき、洋子は布団をはいで起きる体勢で待っているのです。
仕事で疲れて熟睡してしまい、夜中にトイレに連れていけなかったこともありました。ハードな仕事のスケジュールのなかで、介護がきついと思うこともあります。でも、介護と仕事を両立するのは私の責務だと思うのです。
泊まりの仕事があるときはつらいですよ。心配で仕事先から電話をかけても、洋子は「大丈夫」と言うだけ。つい、現状を聞き出そうと質問してしまうのですが、彼女は言葉を見つけることができません。
つらいときの救いは、洋子のこびないかわいさです。彼女のしぐさに、胸がときめくこともあります。
たとえば、「チュー」と言うと、ほおにキスをしてくれるのです。言葉がうまく見つけられなくなった洋子に「ばか」と言われて、「『ばか』と言ったら、チュー(キス)をする」と迫ったことがあるんです。それを喜んでくれて、以来、洋子は「チュー」というと反応してくれるようになりました。この行動には「ワンバカチュー」と名付けました(笑)。
夜中に私の部屋で、ぼんやりテレビを見ながら塩せんべいをボリボリかじるのも、私の側にいたいからだと伝わってきます。病気も含め、昔とは違うけれど、理屈を言わなくなった洋子がいとおしい。夫婦で寄り添う幸せを感じるようになりました。
そんな洋子には、私の没後も生活に困らないように暮らしてほしい。だから、住まいは洋子名義にしています。私が先に死んだら、住居を売ったお金で老人ホームに入ったらいい。
だけど、今は介護する充足感で活性化していて、自分は死なないような気もします。来年からは後期高齢者に属する年ですが、気弱な自分を洋子に見せたくないと思うからか、最近、重い病気にかからなくなりました。
今まで、女性問題やお金のことで苦労をかけたときに、優しく手を差し伸べて、肩を抱き寄せてくれた洋子の優しさを、私は忘れないでしょう。洋子が記憶を失っても、です。洋子を介護できることには幸せを感じています。洋子のために一生懸命に生きたいという思いが、今の私の元気の源かもしれませんね。背中にお湯を流すときには「お背中を、ながしましげお~」なんて駄洒落を言うこともあります。彼女は笑います。お笑いタレントではなく、私がギャグを言う意外性が面白いのでしょうか(笑)。2人分を洗うため、入浴に2時間もかかります。お手伝いさんには毎夜、泊まってもらいますが、私も1時間半おきに起き、洋子の部屋をのぞくようにしています。寝ぼけて足がもつれ、ひっくり返ったこともあります。洋子に「しっかりして」と励まされたことも(笑)。でも、行かないわけにはいかない。私が来るのを期待しているとき、洋子は布団をはいで起きる体勢で待っているのです。
仕事で疲れて熟睡してしまい、夜中にトイレに連れていけなかったこともありました。ハードな仕事のスケジュールのなかで、介護がきついと思うこともあります。でも、介護と仕事を両立するのは私の責務だと思うのです。
泊まりの仕事があるときはつらいですよ。心配で仕事先から電話をかけても、洋子は「大丈夫」と言うだけ。つい、現状を聞き出そうと質問してしまうのですが、彼女は言葉を見つけることができません。つらいときの救いは、洋子のこびないかわいさです。彼女のしぐさに、胸がときめくこともあります。
たとえば、「チュー」と言うと、ほおにキスをしてくれるのです。言葉がうまく見つけられなくなった洋子に「ばか」と言われて、「『ばか』と言ったら、チュー(キス)をする」と迫ったことがあるんです。それを喜んでくれて、以来、洋子は「チュー」というと反応してくれるようになりました。この行動には「ワンバカチュー」と名付けました(笑)。
夜中に私の部屋で、ぼんやりテレビを見ながら塩せんべいをボリボリかじるのも、私の側にいたいからだと伝わってきます。病気も含め、昔とは違うけれど、理屈を言わなくなった洋子がいとおしい。夫婦で寄り添う幸せを感じるようになりました。
そんな洋子には、私の没後も生活に困らないように暮らしてほしい。だから、住まいは洋子名義にしています。私が先に死んだら、住居を売ったお金で老人ホームに入ったらいい。
だけど、今は介護する充足感で活性化していて、自分は死なないような気もします。来年からは後期高齢者に属する年ですが、気弱な自分を洋子に見せたくないと思うからか、最近、重い病気にかからなくなりました。
今まで、女性問題やお金のことで苦労をかけたときに、優しく手を差し伸べて、肩を抱き寄せてくれた洋子の優しさを、私は忘れないでしょう。洋子が記憶を失っても、です。洋子を介護できることには幸せを感じています。洋子のために一生懸命に生きたいという思いが、今の私の元気の源かもしれませんね。
世論調査の結果では、民主党の新閣僚の中で、長妻昭厚生労働相に期待する声が高いそうだ。私自身、高齢者を専門とする精神科医という職業柄、超高齢社会を迎えたわが国で、どのような厚生労働行政の指揮をとってくれるのかの期待は大きい。
年齢差別禁止法の問題や高齢者の医療ガイドラインなど、現場で見ている限り、改善すべき点は多々あるように思われるが、その中で私が危急の課題と考えるのは、介護政策の「在宅」偏重である。
施設介護と比べ、自分の家で看取ってもらえる在宅介護が理想だと考える人は少なくないだろう。
実際には、独居高齢者より家族と同居している高齢者のほうが自殺が多いという統計もあるし(家族に迷惑をかけているという負い目が鬱の原因になるのだろう)、家庭での介護者による高齢者虐待も、相談・通報があっただけで年間2万件にものぼっている。
もちろん、献身的な家族をもつ幸せな要介護高齢者もたくさんいるが、在宅が理想とは言い切れないのは確かだろう。少なくとも、介護保険料を給料や年金から天引きしている以上、施設介護の選択肢は確保されるべきだ。
私が問題にしたいのは、在宅介護が物理的に不可能になりつつあること、経済的な損失の大きさ、施設介護の経済効果である。
≪身内の数の激減が背景に≫
日本の高齢化は進んでいるが、いっぽうで若返りも著しい。今の70代は昔と比べものにならないくらい健康的で、若々しい。そのため、介護が必要な人が急速に増えるのは80代後半からだが、逆にこの年代では、認知症や要支援レベルも含めると半数近くが何らかの助けを借りないと生活できない。
現在、この年代の子の世代は団塊の世代に相当する。この時代は兄弟の多い世代であった。彼らの最初の生まれ年である昭和22年の合計特殊出生率は4・54だった。要するに4-5人の兄弟が当たり前だったのだ。それからわずか10年後の昭和32年の出生率は2・04に過ぎない。10年の間に兄弟の数が4・5人から2人に減ったのである。その後も少子化は続くが、子供の数の減り方はこの時期がいちばんドラスチックなのだ。
現在、在宅介護政策がかろうじて機能しているのは、おそらくは要介護者の子供たちが、まだ兄弟が多い時代だったからだろう。実際、在宅介護は、介護者の一日の生活をほとんど奪い、睡眠などにも悪影響を及ぼす。日中、デイサービスで預かるから大丈夫とはとてもいえないのである。
そのため、身内の助け合いがきわめて重要なカギとなるのだが、その身内の数の激減期をまもなく迎えることになる。
さらに、今でも多くの場合、在宅介護は女性に押し付けられることが多い。このため、女性が親の介護のために仕事をやめざるを得ない事例は枚挙にいとまがない。子育てのために、20代、30代で仕事をやめる場合は、復職の可能性はかなり残されている。しかしながら、定年が65歳になったとして、50代半ば以降に介護のために仕事をやめた際の復職の道はゼロに近いのが現状だ。
ところが、昭和30年代生まれくらいから女性の高学歴化も進み、この年代で責任あるポジションにいる人は急激に増えつつある。少子化とも相まって、女性の社会参加が期待されるが、その締めくくりの時期に在宅介護を強いるのは、性差別かどうかはともかく、経済的損失も大きく、女性労働のインセンティブにも影響する。
≪経済効果で失業対策にも≫
また、在宅介護は、介護者がそばにいるありがたみはあるが、労働力の観点から、非効率なのは確かだ。たとえば、入浴サービスの場合、巡回の入浴者では2、3人のスタッフが移動時間も合わせて1-2時間拘束されるが、施設なら15分もあれば、かなりきれいにしてあげられる。認知症の介護では、施設のスタッフが慣れてきたこともあって、家族が接するより機嫌よくしていることも多い。
しかし、厚労省は、むしろ介護・療養型の病床を激減させる政策をとり、その受け皿になる介護施設の定員増も予定の7割にとどまっている。十分な人件費を出せない介護報酬に問題があるそうだ。
しかし実際には、介護施設の建設に伴って、ベッドやテレビなど耐久消費財も売れるので経済波及効果も大きいし、介護職員に建設労働者並みの賃金が出せれば、失業対策効果も大きい。
戦前までの日本は世界に冠たる短命国家であり、長生きできる人は栄養や衛生状態のよい富裕層に多かった。だが当時、富裕層の家庭にはお手伝いの女性などがいたため、嫁介護、娘介護はほとんどなかった。医療財政が潤沢だった時期は、老人病院が在宅介護が困難な人たちの受け皿だった。
かつて、ある大臣が言ったように、「在宅介護は日本の美風」などではなく、その問題がなかっただけの話だ。介護政策の迅速な転換がないと、労働力や内需に深刻な影響をもたらしかねないのだ。(精神科医、国際医療福祉大学教授・和田秀樹)
産経新聞記事引用
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